上司の話を聞いていて、
「なぜこの人は、ここまで分かるんだろう」と思うことがある。
会議の中で、まだ言語化されていない違和感を拾い、
皆がなんとなく感じていた“ぼんやりしたもの”を、
一言で整理してしまう。
自分は同じ場にいて、同じ情報を見ているはずなのに、
見えている景色がまるで違う。
その差は何なんだろうか。
センスなのか、経験なのか、それとも才能なのか。
そんな疑問と焦りを抱えながら、
藁にもすがる思いで手に取ったのが、
「解像度を上げる」というテーマを扱ったこの本だった。
この本を読んで気づいたのは、
洞察力や「気づく力」は、
決して一部の人だけが持つ魔法ではないということだ。
物事をどう切り取り、
どんな問いを立て、
どこまで考えるか。
その思考の癖こそが、
「分かったつもり」と「本当に分かっている」の差を生んでいる。
この記事は、
同じように
- 話は聞いているのに、核心に辿り着けない
- 自分の理解が浅い気がしている
- もっと解像度高く物事を捉えたい
そんな課題感を持つ人に向けて書いている。
完璧に理解できなくてもいい。
ただ、
「あ、ここは分かったつもりだったかもしれない」
そんな一つの気づきを持ち帰ってもらえたら嬉しい。
■ 解像度が低い状態とは何か
解像度が低いとは、
物事をふわっと理解している状態だ。
- 課題を聞いて「なるほど」で終わる
- 指示を受けて「多分こういうことだろう」で動く
- 原因を一言で説明してしまう
一見、理解しているようで、
見えているのは輪郭だけ。
中身はほとんど見えていない。
この状態では、
どれだけ考えているつもりでも、
アウトプットの質は上がらない。
■ 解像度を上げるとは「分解し、立体的に捉えること」
解像度を上げるとは何か。
それは突き詰めると、
物事を分解し、立体的に捉えることだ。
本では、そのための視点として
次の4つが示されていた。
- 深さ
- 広さ
- 構造
- 時間
この4軸で考え始めた瞬間、
「分かったつもり」は簡単に崩れ始める。
■ 深さ:なぜをどこまで掘れているか
深さとは、
因果関係をどこまで掘り下げているかだ。
多くの場合、理解は一段階目で止まる。
- なぜこの問題が起きているのか
- なぜ今、それが顕在化しているのか
- なぜこれまで対処されなかったのか
「なぜ」を重ねるたびに、
最初に見えていた答えが、
実は症状でしかなかったことに気づく。
解像度が高い人ほど、
答えに早く辿り着かない。
■ 広さ:他の見方を想像できているか
広さとは、
視野をどこまで広げられているかだ。
- 別の立場ではどう見えるか
- 他部署や他業界ならどう捉えるか
- そもそも前提は本当に正しいのか
広さが欠けると、
「間違ってはいないが、浅い」思考になる。
自分の理解が、
数ある見方の一つに過ぎないと気づけるかどうか。
それが解像度を大きく左右する。
■ 構造:点ではなく、関係性で捉えられているか
構造とは、
要素同士のつながりを理解できているかという視点だ。
- 表の問題と、裏にある原因
- 個別の事象と、全体の構造
- 一部を変えたときに起きる影響
構造で捉えられていないと、
対策はどうしても場当たり的になる。
「何が起きているか」ではなく、
**「なぜそういう形になっているのか」**を説明できるか。
ここに解像度の差が出る。
■ 時間:変化の流れを考えられているか
時間の視点は、
意識しないと抜け落ちやすい。
- 過去はどうだったのか
- なぜ今、この状態になっているのか
- このまま進むと、将来どうなるのか
今この瞬間だけを切り取ると、
本質を誤解することがある。
解像度が高い人ほど、
物事を時間軸で語る。
■ 解像度が上がると、仕事はどう変わるか
解像度が上がると、
仕事の景色が変わる。
- 指示待ちではなく、提案ができる
- 表の要望ではなく、本当のニーズが見える
- 同じ経験から得られる学びの量が増える
つまり、
同じ仕事をしていても、成長効率が変わる。
■ 「分かったつもり」を疑い続ける
分かったつもりになっているときほど、
自分は問いを立てていない。
- もっと深く掘れないか
- 他の見方はないか
- 構造として説明できるか
- 時間の流れで見たらどうか
この問いを持ち続けること自体が、
解像度を上げる習慣になる。
■ おわりに
解像度を上げるとは、
頭が良くなることではない。
丁寧に考えることを、サボらないことだ。
分かった瞬間こそ、
もう一段深く潜る。
この記事が、
「分かったつもり」から一歩抜け出すきっかけになり、
もし少しでも興味を持ったなら、
ぜひ本を手に取ってみてほしい。
これは、その入り口としての記録だ